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 故郷を出たティパの村のキャラバンは、パパオマスと呼ばれる生き物の牽く馬車に乗っていた。手綱を握っているのはム・ジカだ。
 ム・ジカ以外の人間は、村が見えなくなるまで馬車の後ろに座っていた。だんだんと小さくなる村を見ると、少し寂しい。
「……村の外に出たの初めてだよ」
 村が見えなくなり、まっ先に馬車から降りたのはチャドだ。彼は馬車から降りると自分で歩きながらも顔は後ろを向いたままで、まるで見えなくなった村が見えているかのようだ。
「そうね。きっとキャラバンに選ばれなかったら一生村の外の風景を見る事もなかったでしょう」
 イーリアスが、未だに馬車の後ろに乗ったままで言う。その声にあまり感情は感じられず、仮面を付けているため、何を考えているのかもわからない。しかし、外の風景が珍しいのか、その顔は空を見たり、道ばたに生えている草を見たりとせわしなく動き回っている。
「ム・ジカさん」
 ム・ジカは馬車の後ろの様子を聞きながら、気持ちのいい風に吹かれ、気持ちのいい陽射しに照らされていた。風と陽射しは外でも同じだなと思っていると、後ろの荷台からエリンが首を出していた。
「エリンか。どうした?もうホームシックか?」
 ム・ジカの言葉にエリンが苦笑した。幼い頃からの付き合いなので、このくらいのやり取りは慣れている。
「違う。手綱、変わりましょうか?」
「そうか?じゃあ頼む」
 ム・ジカがそう言うと、エリンが隣まで進んでくる。その彼女に手綱を渡すと、ム・ジカは立ち上がり、幌に向かう。
「どこに行くの?」
「ちょっと上に」
 そう言ったム・ジカは言葉通り幌の骨を伝って馬車の荷台の屋根に上った。その動きはさすがセルキーといったところで、危なげがない。
「上からの方が遠くが見えるだろ?」
 上からエリンにそう声をかければ、イーリアスがこちらを見上げていた。
「確かにその通りです。見張りですか。では私もここから後方の警戒を行います」
 そう言ったイーリアスが再び顔をあちこちに向け始める。
「……怠け者め」
 チャドがそう呟く。しかし、その言葉は誰も聞き取れなかった。一番近くに居たイーリアスのみが、何かを言ったのは聞こえたようで、顔をチャドの方に向ける。
「何か言いましたか?」
「な、何でもないよ!」
 精一杯の笑みとともに誤摩化したチャドは、少し歩くペースをあげた。
 そして、馬車の右隣まで来ると、元のペースに戻し、上に居るム・ジカを見上げる。
「じゃ、ぼくは右側と前を見るから、にぃは右側手ぇ抜いていいよ」
 見なくてもいいと言わなかったのは、それだけ村の外の危険度を分かっている。一歩外に出れば、例え熟練のキャラバンといえども、油断をすると、故郷に雫を持って帰るときには、メンバーの数が減っている事もあると聞く。キャラバンに参加した事のある人からはその事を散々言われる。
 流石はリルティ族だなと思いながら、軽く礼を言う。
「ま、あてにしてる」
 そう言われたチャドは、少し笑う。そして視線を前と右側に動かしながら馬車のベースに合わせて歩く。
 それを少し微笑ましく思いながら、ム・ジカも周囲の警戒を怠らない。
 やがて、ム・ジカの視界にこちらに近づいてくる一団があった。すわ魔物かと警戒し、手綱を握るエリンにも注意を促す。しかし、その警戒も杞憂に終わった。それがリルティのみで構成されたキャラバンだと言う事がわかったからだ。
 お互いの顔が分かる程度に近づくと、双方ともに馬車を止め、挨拶を行う。
 瘴気の満ち溢れた世界で、故郷から出る手段が限られているため、瘴気の中での出会いは大切にする。
「やぁやぁティパの。去年とはメンバーが違うな。と、いうことは君たちは問題なく世代交代したのか」
 先頭に立っていたリルティがこちらに挨拶をする。
「あ、どうも」
 手綱を握っていたエリンが挨拶をする。挨拶をしながらも、エリンは馬車の屋根に乗っているム・ジカを見る。その視線を感じたム・ジカは飛び降りると、先ほどこちらに挨拶をしてきたリルティの前に立つ。
「今年からのメンバーのリーダーになる。ム・ジカだ。そちらはアルフィタリアのキャラバンで間違いないか?」
 ム・ジカがリルティの王が治める有名な城下町の名を出すと、目の前のリルティは、兜を大きく前後に振った。
「おお、その通りだ。我らは偉大なるリルティの王が治める城。アルフィタリアのキャラバンである。私はリーダーのキルス=バハトという」
 お互いの挨拶が終わると、ム・ジカはキルスと握手を交わす。篭手越しの手は熟練の戦士にふさわしい力強さが感じられた。
「それで?こんかいはどんなようで?俺たちとは初対面のはずだろ」
「確かに!ただ、そろそろティパのキャラバンが出発する頃だろうと思ってな。君たちの先代に頼まれたのだ。『俺は恐らく今回が初めての旅になる。来年は恐らく新しい世代になるから、面倒を見てくれないか』とね」
(あのおっさんよけいな事を……)
 先代のキャラバンを思い浮かべ、去年結婚した顔見知りのリルティだろうと見当をつけた。ム・ジカはそのリルティに頭の中で渾身の一撃を与えると、頭を切り替えた。
「流石!!リルティの民は噂に違わず頼もしい」
 ム・ジカの言葉に気分を良くしたのだろう。鷹揚に頷くと、キルスは両腕を左右に大きく開いた。
「初めて村の外に出た君たちだ。困った事や相談したい事はないかね?私でよければ相手になろう」
 キルスは恐らくいい人なのだろう。悪意もないに違いない。しかし、これは親切の押し売りという物だ。初めて自分たちの故郷から出た者達に、こんな親切をしてしまえば、下手をすればそれはたちまち依存心を育ててしまう。
 ム・ジカはアルフィタリアの、他のメンバーの反応が気になり視線を向ける。
 そこでは、それぞれがそれぞれの時間の過ごし方をしていた。一瞬、向こうのメンバーの一人と目が合ったが、肩をすくめられてしまった。どうやらこれは毎回やっている事らしい。それを悟ると、ム・ジカは言われた通り、困った相談事をした。
「じゃあ、申し訳ないとは思ってるんだが、ちょっと日持ちしそうな食べ物か、素材をいくつか分けてくれないか。村から出たばかりで、まだ魔物とも戦っていないから、早くいい武器や防具をそろえて安心したいんだが、リバーベル街道でそんなに早くいい素材が手に入るとは思えない。ちょっといいもの貰えませんか」
 ム・ジカは当然断られるものとして、素材を分けてほしいと頼んだ。これはキャラバンをする者ならば許容出来ない物だと思ったからだ。まさか命を掛けて手に入れた物を、ビギナーの甘えで渡すような事はしないだろう。
「ああ。そのくらいならいいとも。いくつか分けてやろう」
 しかし、ム・ジカはキルスの口から出た言葉が信じられず、ギョッとした。まさかそんなに簡単に承諾されるとは思っていなかったのだ。しかし、キルスの言葉に驚いたのはム・ジカだけではないようだ。
「おい!!」
 キルスの後ろから、先ほどム・ジカと目のあったリルティが、静止の言葉とともに駆け寄ってきた。
「何だ一体。いきなり大きな声を出すんじゃない」
「リーダー!俺たちが苦労して手に入れた物を、そんなに簡単に無償で渡そうとしてんじゃねぇよ!!」
 駆け寄ってきたリルティの言葉に、キルスが思わず一歩を引いた。
「そうは言うがなぁ、デラル。少しぐらいならいいだろう」
「よくねぇよ!そんなことしたら、こいつらの為にもならネェだろうが!」
 デラルと呼ばれたリルティの言葉に、キルスが首を傾げる。
「何故だ?彼らが早い段階からいい防具と武器をそろえれば、村に帰れる確率も高まるし、いい事しかないではないか」
 キルスの言葉に、デラルが肩を落とす。
「あのな……」
 そう言うと、デラルが姿勢を正し、キルスの顔を正面から見る。
「俺たちがいまからこいつらにいい武器や防具を渡して、こいつらがそれを当然だと思う。でも、当然そんな事はない。防具がそろってなくて、予想以上のダメージを受ける事もあるだろう。武器の威力が足りなくて、長期戦になる事もあるだろう。俺たちがこの時点で協力すると、そんな経験が得られなくなるんだよ」
「む、それもそうだな」
 キルスに説明を終えたデラルがム・ジカに身体を向ける。
「悪いなティパの。そんなわけだ。お前達の不安も分からんではないが、いい素材は自分たちで手に入れてこそだ。それを人に貰ったんじゃ、お前達の為にもならねぇ。そんなわけで、申し訳ねぇが、素材を渡すわけにはいかねぇ」
「分かってます。私たちもそんな物を頂く訳にはいきません」
 今まで黙っていたエリンが口を挟んできた。おそらく本音だろう。慌てた様子で両手を左右に振っている。手に持ちっぱなしの手綱がパパオパマスを叩いており、パパオパマスが非常に鬱陶しそうにしている。
「そう言って貰えるとありがたい。わびといっては何だが、食料を少しだけ分けてやろう」
「やー、助かる。どうも」
 そう言ったム・ジカがデラルに促されてアルフィタリアの馬車に近づいた。ム・ジカが後ろを振り向くと、キルスとエリンが話していた。
「さっきは悪かったな。期待させるような事を言って」
 デラルの言葉に、ム・ジカが苦笑と共に首を左右に振る。
「いや、まさかあんなに簡単に承諾されるとは思わなかった。こちらも冗談のつもりだったんだ」
「そう言ってもらえるとありがたい。セルキーの言う事だから、本気で言っているのかと思った」
 デラルの言葉に、一瞬頭にきたム・ジカだったが、それを商売用の笑顔で押し込める。
 そして、次の瞬間にはその笑顔を引きつらせた。
 デラルが馬車から取り出した食料が多かった為だ。
「おいおい、そんなには貰えない。さすがにそれは多すぎる」
「いやいや、こっちはもう何年もやっている。後どれくらいの食料が必要かなんていうのは分かるのさ。これは余分やつ。遠慮なく受け取ってくれ」
「……後で返せって言われても返さないからな」
 そういって受け取ると、ティパの村のキャラバンとアルフィタリアのキャラバンは分かれを告げ、それぞれの目的地へと向かって進みだした。


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