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 ティパの村。
 その外れにある高台に、向かい合う二人のクラヴァットの姿があった。
 二人の名前はエリンとキアラン。
「いよいよ明日だね」
 エリンが隣に立つキアランに言った。その言葉にキアランが頷く。キアランがポケットから何かを取り出した。
 エリンがそれを見れば、どうやら篭手の中につけるインナーのようだ。
「女の子にあげる物じゃないけどね」
 そう言って、キアランが恥ずかしそうに笑う。そしてインナーをエリンに差し出す。小さい頃から見慣れた笑い方で、そのインナーがキアラン自ら作った物だと悟る。気にすることはないのに、男で裁縫が得意なことを隠そうとしていたこともある。小さな村なので、みんな知っていたけれど。そして、小さい頃から好きだったその笑顔も、明日以降はしばらく見ることが出来なくなる。
「ありがと」
 笑って受け取れば、今度は困ったように笑う。その笑顔も、好きな表情の一つだ。彼との許嫁が決まってから見てきた数多い表情の中で、彼の表情は笑顔が圧倒的に多い。怒りも、悲しみも、全てを笑顔で表す彼のことが好きだ。
「これくらいしか出来ないからね」
 恐らく彼は、自分が選ばれなかったことを悔やんでいる。ただ単に、彼よりもエリンの方がキャラバンに向いていただけなのに。
「ううん。大事に使わせてもらうね」
 そう言って、エリンはキアランを見、首を傾げる。すると、彼ははにかんだように笑った。その後、キアランが夕日に体を向ける。そして、口を開いた。
「ごめんね、君に行かせて」
 キアランの言葉に、エリンが首を振る。
「謝らないで。あなたが何か悪いことをした訳じゃないわ」
 そう言って、エリンも夕日に体を向けた。そして、そこから村全体を見下ろす。
「それにね、ちょっとだけ楽しみでもあるの。この機会を逃せば、一生村から出ることはないでしょう?何年かしたら、きっと私はあなたと結婚して、この村で子供を作って、子供が元気に育つのを願いながらくらしていくの」
 そして、再び彼に顔を向ける。キアランは夕日を見ているため、こちらと視線があうことはない。頑にこちらを見ようとしないキアランに、思わず苦笑する。この人は変な所で頑固なのだ。
「だからね、これは私が出来る最後の自由なの」
 エリンの言葉に、キアランが小さく笑ったのが聞こえた。
「最後の自由って……」
 そう言ったキアランが、エリンの方に体を向ける。そのまま一歩距離を詰める。すると、二人の距離はお互いの吐息が届くほどだ。エリンはキアランを見上げる格好となる。いつからこんなに身長差が出来たのだろう。幼い頃はいつも自分が見下ろしていたのに。自分の後ろで守られていたキアランの方が大きくなっていたのは、いつからだったのだろう。それでも、結局エリンが前に立ち、剣を振るうことにかわりはない。
 そう思っていると、キアランに抱きしめられた。突然の出来事に、思わず息をのんだ。彼の行動はいつも突然で、エリンを驚かせる。
「僕は君を拘束するつもりはないし、尻に敷かれる気満々なんだけど?」
 エリンは目の前に来たキアランの方に顎を乗せる。
「あなたを尻に敷いていたら動けないから、結局自由じゃないでしょ?」
「でも、主導権はそっちにあるよ。君は立ち上がってどこにでも行ける」
 キアランの声にわずかに笑いが含まれる。どうせこちらの考えはお見通しなのだろう。だから、エリンも笑いを返す。
「ばか、尻に敷いてないと、あなたを他の女の子に取られそうで私が不安になるの。だから絶対にどいてあげない」
 はは、とキアランが声に出して笑う。
「嬉しいことをいってくれるね」
 キアランの肩越しに、夕日が沈んでいくのが見える。
「広場で、もうお祭りの火が上がり始めたわ」
 耳に、キアランの息がかかる。どうやらため息を吐いたようだ。明日からしばらくは、彼と一緒に夕日を見ることが出来ない。
「そろそろいかないと、親父達に怒られるな」
「うん」
「じゃあ、戻ろうか」
 そう言って、こちらを放そうとする彼の体を、抱きしめることで止める。
「エリン?」
 戻ろうと言っているのに、抱きとめたこちらに、キアランが驚きと疑問が入り交じった声を上げた。
「もうちょっと。もうちょっとだけ一緒に夕日を見よう?」
 そう言って、抱きしめる力を緩めて彼を見上げれば、彼はニコリと笑った。
「じゃあ、もうちょっと丘の先に行こうか」
 頷き、彼の体を放す。
 丘の頂上まで歩く。短い距離でも、しっかりと手を繋いでから進む。
 明日からは、この手の温もりもしばらく感じることは出来ない。


 ティパの村。錬金術師であるユークの家。
 その一人娘であるイーリアスは、錬金術を行っている父の後ろ姿を見ていた。すると、後ろにある扉が開き、誰かが入ってくるのが分かった。
 ここしばらくで聞き慣れた足音だ。
 やがて、思っていた通り、くろまどうの格好をしたユーク、シーベークが視界に入ってきた。彼は、座っているイーリアスの隣で足を止める。
 三年前の行商人についてきたユークで、傭兵として働いていたが、大陸の端であるこの村まで来たことで、彼の旅は終わったらしい。その後、この家に厄介になっている。
 そして、イーリアスがキャラバンメンバーに選ばれたことを知ると、彼が知っている旅についての豆知識などを伝授してくれた。
「……いよいよだな」
 隣に立ったシーベークが言う。イーリアス同様、錬金術を行っている父の背中を見ながら発される言葉は、少し聞き取りにくい。
「いろいろとお世話になりました」
 こちらも、父の背中から、視線をそらすことなく言葉を返す。
「だが、頭で分かっていても、体が動くとは限らない。それに、そとでは予想もしなかったことも多々ある。気をつけなさい」
「はい」
「私から教えられることはもうないからな。後は実地で学ぶしかない」
 そう言うシーベークの頭の片側の角は折れている。四年ほど前のこと、旅に慣れ始めた彼は油断していた。そして、魔物に不意打ちを受けたのだ。重傷を負った彼は、ケアルでどうにか一命を取り留めたものの、それ以降、魔法の精度が下がってしまった。そんなことがあったからだろう。イーリアスも油断をしないよう、散々言い聞かされた。
「ところで、その、なんだ」
「どうしたんですか?」
 なんでも直球に言葉を投げ込んでくる彼が言い淀むのは珍しい。不思議に思った彼女は、思わず聞き返していた。
「ああ、うん。やはりいい」
「?そうですか。シーベークさんが言葉を濁すなんて珍しいですね。いつもこちらが傷つくようなことでも、平気でこちらに突き刺してくるのに」
「失礼な奴ですね。教育の場ではそうだが、私生活、教育を離れると気を使っているつもりだが?」
 シーベークの言葉に、イーリアスが小さく笑う。村の二人の男との言い合いを思い出したからだ。そこではいつも。
「あれで気を使っているんですか?キアランさんや、ム・ジカさんなんて、しょっちゅうボロッカスに言われて、膝ついてるじゃないですか」
「あれは、あの二人に対してだけだ。いわばあれは私の親しみの証のような物だ」
「嫌な親しみ方ですね……」
 カラリ、という音がした。
 その音で、シーベークが首を傾げたことが分かった。
「そうか?奴らは奴らで楽しんでいたが」
「その感覚、私には理解しかねます……」
「ふぇふぇふぇ、ま、そのへんも彼らと旅して学んでくるといい」
「意味が分かりません……」
 隣にいる彼の顔を見上げようとすると、頭の上に手を置かれた。
 こういう、ユークらしくない所に未だに慣れることができない。
「この村は、四種族共同で生活しているため、他も村や町よりかはユークも柔軟だが、他の集落に行くと、ユークはなかなかに固い。世の中を見て、自分の世界を広げてきなさい」
 師の言葉に頷き、明日からの日々に思いを馳せる。
 家の外では祭りの太鼓の音が聞こえ始めた。
 


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