天頂にある月が周囲を照らしている。しかし、空にあるのはその月だけではない。
 この世界には、大きく分けて二つの大陸がある。月が天頂を支配する月光大陸と、太陽が天頂を支配する陽光大陸だ。
 現在空にあるのは、天頂にある月の他に、二つある。合計で三つだ。月の数だけ精霊の力が強くなるこの世界では、精霊の力はほぼ最大まで高まっている。
 そんな、三つの月が見下ろす中、闇の土地にある都市ガルケでは、戦に勝った為、祭が開かれていた。戦の相手は隣の都市だ。
 騒ぐ民の半分以上は角や飛膜の張られた翼を持つ悪魔系種族だ。しかし、出店で物を売る人間がいれば、地を這う火蜥蜴がいる。けっして悪魔系種族しかいないという訳ではない。
 祭で浮かれる街には、一つだけ教会がある。高さや大きさ、更には角度も適当で、無秩序な建物が並ぶガルケにおいて、唯一まともな建物と言えるものだ。その教会の屋根の上、一人の若い男が腰掛けていた。背中には悪魔特有の飛膜の張られた翼を持った男だ。しかし、二枚一対のその翼は、左の翼がズタボロで、右の翼の半分ほどもない。
「マルクス」
 マルクスと呼ばれた男は、呼ばれた方向。後ろを振り返る。
「……ミルティスか」
 振り返ったそこには、鷹色の翼を持ち、右の目に眼帯をした有翼人種の女が浮いていた。人間の姿に鳥の翼を背から生やしているため、ガルーダという事が分かる。
「またこんな所にいたの?探したのよ?」
「自分の教会を『こんな所』とは、相変わらずだな」
「いいのよ別に『こんな所』で。闇の精霊を奉っているここは確かに大切なのかもしれないけど、木の民である私にはあまり関係がないもの」
「そんなお前がどうしてここの管理を任されているのかがわからん」
「だからこそでしょ」
 ミルティスがマルクスの隣に立つ。目で座っても良いかと尋ねてきたので、首を縦に振る。ミルティスがマルクスの隣に崩した正座をすれば、マルクスは体を横に倒し、その太ももに頭を乗せた。
「どういう事だ?」
 なんの断りもなしに太ももに頭を乗せた上に、座る前の言葉の説明を求めたからだろう。ミルティスがあからさまなため息を吐いた。
「……まあいいわ。闇の精霊を奉っているという事は、あなた達のような闇の眷属は無尽蔵に力を増大させる事が出来るわ。もちろん、いろんなリスクは伴うけど、それに見合うだけの魅力でしょう?」
「だからそれが出来ないように木の民が教会をおさめているのか」
「そ。ホントいうと相対関係にある光の使者が良いんだけど、彼ら潔癖だから駄目なのよ」
 マクロスは下の喧噪に目をやる。悪魔系種族に紛れて様々な種族がいるが、確かに光の使者である天使の姿は見当たらない。恐らく、この都市からこの大陸に捜索範囲を拡大したも同じだろう。
 潔癖主義の彼らは、よっぽどの用事でなければ、自分たちの領土から出ようとはしない。
「じゃあ、奴らの教会は誰が治めてるんだ?」
「『我らは光より遣わされし身。他種族の干渉は受けない』だそうよ」
「……なんだそりゃ」
「光の使者が長寿族に言ったのよ。当然長寿族はこれを不許可。他の種族よりは交流のあった水の民に教会の管理を任せたのよ」
「……相変わらず選民思想に支配された奴らだな」
 それを受けてミルティスは苦笑する。
「それで?俺に何の用だ?捜してたんだろ?」
「ルシフェルが呼んでたわよ」
 マルクスは自分の部隊長であり、自分が密かに思いを寄せている相手の名前を聞き、慌てて飛び起きた。
「なんでそれを早く言わないんだよ!」
 そう言いながらマルクスは屋根から飛び降りる。その背中にある翼は、着地の寸前に衝撃を緩和させるだけで、飛行に使われる事はない。
 そして、教会の門から、祭で賑わう通りに出ると、人をかき分けながら自分の所属する部隊に向かって進んで行った。
「あなたをあの女に会わせたくないからよ」
 ミルティスのその呟きをマルクスが聞く事はなかった。


 闇の土地の端に立てば、視界の先には空が広がる。闇の土地と光の土地は空に浮かんでいる為見る事の出来る光景だ。眼下には他の四種族の土地があり、その中央には長寿族の土地である大きな山がある。
 山からは闇と光の土地にのびている橋がかかっている。板張りの吊り橋は掛けられてから一度も朽ちた事がないという。そしてその橋は長寿族の許可さえあれば誰でも渡る事が出来る。
 そんな闇の土地の端では、今一人の女性が眼下の大陸を眺めていた。背から伸びる二対四枚の飛膜の張られた翼で彼女が悪魔だと分かる。
「隊長」
 そう女性に声をかける若い男性がいた。左右で長さの違う翼を持つ悪魔、マルクスだ。
「マルクスか」
 女性、ルシフェルは振り返る事なく背後に立ったのがマルクスだと断じた。声で判断したのだろう。彼も特に何も気にする事なくいつも通りの位置、ルシフェルの後方五歩の位置で片膝をつき、頭を垂れる。
「お呼びですか」
「君には忠誠心があるよな?」
「……それは大なり小なり誰にでもあると思いますが」
「それもそうだな。ではマルクス。少し質問をかえよう。君の忠誠心は誰に対するものだ?」
「……この都市と、隊長に対するものです」
「そうか。……マルクス、君はこの都市をどう思う?」
「様々な種族が入り乱れ、その結果生じている雑多な空気が気に入っています」
「ほう、気に入っているのか」
 ルシフェルの言葉に、どこか不穏な空気を感じたマルクスは、頭を上げ、ルシフェルの背中を見る。
「……何を考えているのです」
「隣の光の土地はここと立地条件が同じでありながら、殆ど他種族がいない。なぜだと思う?」
 ぱっと見、こちらに意見を聞いているようだが、そうではない。ただ単に言いたい事を言っているだけだ。
 いつもの事なのでため息をつく。こうなると自分の言いたい事が言い終わるまで、人の話を聞かない事は、長年の従軍生活で分かっている。
「彼らが排他的であり、他種族に対して差別的であるからです」
「そう。山から橋が架けられているが、架けた長寿族は渡河した先での身分保障などはしていない。つまりどんなに差別的であっても、長寿族がこちらに乗り込んで来る事はない」
「……確かに理論上ではそうかもしれません。しかし、光の土地のように始めから閉鎖的であったのならともかく、他種族主義を掲げていた闇の土地が、今更そんな事をすれば他の種族は黙っていないでしょう」
「他の種族がなんだ?」
「……は?」
 マルクスはルシフェルの発言に思わず眉を顰める。ルシフェルは未だに眼下に広がる大地に視線を向けている。
「我らは闇の眷属だぞ?他の種族に負けるわけがないだろう。それに、他の種族が攻めてきたとしても、有翼人種以外は悠長に橋を渡ってくるしかない」
 マルクスは、ルシフェルの言っている事が分かってくるに従って、逆に目の前の悪魔が分からなくなってきた。
「しかし、最近は機械で飛ぶ事もできるようになっていると聞きます」
「そんなもの、我らの敵ではあるまい」
 ルシフェルが振り向き、マルクスに歩み寄ってくる。そして、その肩に手を置いた。
「マルクス、その作戦をより確実なものとするため、君に教会のガルーダを落としてもらいたい」
「……お断りします」
 ルシフェルの手がマルクスの肩から除けられる。ルシフェルが腕を組み、マルクスを見下ろす。
「君が私の話を蹴ったのは初めてだな。何故だ?」
「先ほども言ったように、私はこの都市の形が好きです。それは隊長の言っている事をすれば確実になくなってしまいます。だから、他種族を排斥しようとする隊長のその作戦には協力出来ません」
「そうか」
 それだけ言うと、ルシフェルはマルクスの肩から手を外し、そのままマルクスの脇を通り過ぎ、中央通りの方へ歩いて行った。
 


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