夜空に浮かぶ三つの月が奇麗だったので、散歩に出る事にした。その帰り道。

 とんがり帽子にマント。杖もあったらますますそれっぽい。
 一昔前の魔法使いのイメージだ。でも、あれはあの当時の流行の最先端だっただけだ。あの格好を始めてやったのは、魔王討伐の勇者のパーティーの1人だった。だからこそ流行ったのだろうが、あの格好をどうしてしていたかを聞いた事がある。曰く、とんがり帽は背が低いのがコンプレックスだったから。曰く、マントは日に当たりたくなかったから。曰く、杖は何か振り回す物が欲しかったから。あの魔法使いを見た誰かが、きっと勇者と共に冒険する魔法使いのする格好には何かしらの意味があると思ったのだろうが、現実はそんなものだ。
 のちのち、杖を持った魔法使いは、杖に集中出来るという理由から、魔法使いになりたてのものは杖を持つようになったが、慣れてくると、杖などなくとも魔法は使える。マントはいろいろと隠せるため今も着用するものは居るが、とんがり帽に至っては、ださいという理由から被るものはほとんどいない。
 最終的に何が言いたいのかといえば、今、目の前に立っているガキが一昔前の魔法使いの格好をしているのだ。俺の目の前に立っているこのガキは、間違った知識と、それを矯正してくれる大人がいなかった恵まれない奴なのだろう。
「どうした!!怖じ気づいたか!痛い目を見たくなければ、おとなしく金目のものを置いていけ!!」
 あげくの果てに要求する事が小さすぎる。この、強盗に分類される奴らがこの台詞を言うたびに、俺は疑問に思う。『おとなしくしろ!』と強要するまえに、おとなしくさせればいいではないか、と。
 そうでなくとも、脅した相手に反撃され、やられてしまえば、良くて地下牢。悪ければ命を奪われる危険性すらある。暴力に訴えたくないというのであれば、そもそも強盗などしなければよろしい。
 俺はガキの持っている杖を見る。想像するのはその杖が燃える未来だ。
「うわぁ!」
 すると、ガキの杖が燃えた。今日は月が三つ出ており、いつもよりも精霊が元気だ。それに比例するように、杖の燃え方も激しい。おそらく、このガキも月の数が多いため襲いかかってきたのだろう。月の数がおおい、今日のような日は、夜盗などの被害も多いらしい。
「そ、そんな!呪文も詠唱もなしに・・・・・・!!」
 ガキの言葉をアホらしく思う。呪文も詠唱も、そこら辺にいる精霊に意思を伝えやすくするためのものだ。長い付き合いの精霊が一匹でも入れば、そいつが意思を汲み取って周囲の精霊に働きかけ、望む事象を引き起こしてくれる。
 あまりのレベルの違いに、相手をするのが馬鹿らしくなった俺は、杖が燃えて慌てるガキに近づく。逃げようとするが、こちらの方が早い。その頭を思い切り殴ってストレス発散すると、根城に向かって歩き出した。
 出かける時は奇麗だと思っていた3つの月を忌々しく思いながら。
 
 俺の根城はスラム街の最新部だ。最新部ともなれば、主要道からは簡単にはたどり着く事が出来ない。道中にはゴロツキがそこら中にいる。ちょっと覗き込めば、一般人はゴロツキに睨まれる。大抵はそこで引き返すものだ。
 勇者のお供である魔法使いと知り合いである俺が、どうしてこんな最新部に住んでいるかといえば、世間のしがらみが鬱陶しくなったためだ。勇者のお供と知り合いだからといって、政治的取引の材料として考えられるあの場所から脱出したかったのだ。
 なのに・・・・・・。
「遅かったな」
 根城に帰った俺を迎えたのは、魔王を討伐し、この月光大陸に平和をもたらした張本人。勇者その人であった。勇者は、いつものように眉間に皺を寄せた、気難しそうな顔で部屋の中央に座っていた。
 俺は根城の扉を後ろ手に閉める。ここに来るまでに多くの人間に絡まれ、それを一撃の下に沈めたのだろう。簡単に想像がつく。世間では勇者イコール人格者みたいな公式が一人歩きしているが、こいつはそんな事全然ない。むしろ短気で、サインをねだる子供を本気で殴り飛ばそうとした事もある位だ。そんな勇者の行動をわかっているから、扉を閉めることで隠匿出来るとは思っていない。しかし、これ以上目撃者を増やす事もしたくない。扉を閉めておけば、俺の家の扉を開けてまで覗き込むような奴はいないだろう。
「で、なんのようだ」
 言いながら、部屋の隅にある発光体を軽く叩く。そうすると、その発光体は光を失い、天上を支えるただの柱となった。部屋の中を見回せば、柱という柱が光っている。オレはため息を吐くと、それらを消して回る。衛星が重なっている時間に本を読んだりするなら別だが、月が離れた位置から照らす今日のような夜はこんなに明かりは必要ない。
「いや、わかってんだろ?そろそろ戻ってくれよ。お前戻ってくれねぇとあいつ無茶苦茶不機嫌なんだよ」
「知らん。魔王討伐の長旅で、オレよりもあいつの扱いは分かってるだろう。そっちでなんとかしろ」
 自分でいいながら、その言葉が自分に刺さる。ただただ長い付き合いのオレと、魔王討伐という密な時間を過ごした勇者。きっとオレの知らないあいつも知っているのだろうと思えば、少しだけ辛い。
「いや、おれはおれでいろいろ大変なんだって」
「・・・・・・なに、まだぐだぐだ言ってんのか。さっさと結婚しちまえ面倒くせぇ」
 目の前のこの男は、この国を出発後しばらくして木行の領土に入った。に入ってはじめに立ち寄った酒場の女に一目ぼれ。その女というのがヴィリィと呼ばれる他種族だというのだから手に負えない。未だに他種族との交際はタブー視される金行において、最も有名人となった勇者がそれではまずいだろう。
「そっちこそ、わけわかんない見栄張ってないで、さっさと会いにいけよ。同じ種族なんだし」
「こっちにはこっちでいろいろあるんだよその辺、あいつから聞いてないのかよ」
「ああ、政治的な駆け引きに巻き込まれたくないってやつ?その渦中にいるんだぜ?あいつは」
 勇者の言葉に、目を背ける。
「あいつだって逃げようと思えば逃げれる筈だ。オレは逃げる事が出来た」
 オレの言葉を聞いた勇者が立ち上がる。
「何だ、殴るのかよ」
「悪いけどな。おれだって旅に出ていろいろ変わったんだ。いつまでもお前が思ってるような短気な小僧じゃないんだよ」
 そう言うと、勇者は立ち上がり、オレの根城と外とを繋ぐ扉を開いた。
「なぁ!」
 今、オレの部屋から出て行こうとしている男の名前を呼ぶ。すると、名前を呼ばれた事が意外だったのか、振り返った勇者の目は見開かれていた。
「・・・・・・おれの名前、覚えてたのか」
 その言葉を聞いたオレは、何も言えなくなってしまう。そんなの当然だ。
「確かに忘れたい名前だけどな、そうもいかねぇだろ。おまえ、その、ヴィリィのところには行くのか」
 それを聞いた勇者は、ここに来て初めて笑顔を見せた。
「当たり前だ。種族の壁なんか、魔王を倒したおれの敵じゃねーよ!」
 それを最後に、勇者はオレの部屋から出て行った。
「・・・・・・ほんと、いつの間に成長したんだよ。弟のくせに」
 オレの言葉を聞く奴は、だれもいない。

 目の前にあるのは、強固な壁。
 もちろん、物理的なものでもあるが、どちらかと言えば精神的な要素の方が大きい。
 壁に手を当てる。すると、気心の知れた精霊が勝手に走り出し、周囲の精霊を呼び集めてきた。
   精霊が何度か壁にぶつかるモーションをとるが、首を左右に振る事で押しとどめる。
「さて、いくとするか」
 天頂には、決して動く事の無い月。それを見上げて、深呼吸。
 壁を伝っていけば、城門にたどり着く。いつものように門番が二人。その間を抜ければ、もう城内だ。

「よう」
 そう言って、オレが声をかけると、そいつは一瞬手を止めた。しかし、何も無かったかのように手を動かし始める。
「久しぶりだな。調子の方はどうよ」
 オレの言葉をことごとく無視して、あいつは手を動かし続ける。手元を覗き込めば、何やら書類の確認作業をしているらしい。
「あ、そこ間違い」
 思わず口をついて出た言葉で、そいつの手に力が入り、ペンを折る。
 身体が宙に浮く感覚。一瞬後、身体に衝撃が走った。精霊で風を起こし、オレを飛ばしたらしい。
「うっせぇ!このバカ!!」
 執務机を叩いて立ち上がると、その胸にある脂肪が上下に揺れた。
「しばらくてめぇが離れてる間に、いろいろ変わってんだよ!!今はこれでいいんだ!部外者が口だすんじゃねぇ!いつまでもてめぇがいた頃のままだと思うなよ!!」
 女の罵声を、オレは壁にもたれ掛かっただらしない格好で聞いていた。
 そして、その言葉の内容を聞いて、当たり前の事なのに、まるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。その衝撃は、つい先ほど壁に叩きつけられた時とは比べ物にならない程オレを揺さぶった。 
 女は、一気に感情をあらわにした事で疲れたのか、肩で息をしている。その身長は、記憶の中にあるものと変わっていない。小さいままだ。
「ああ、分かってるさ。だから、これから新しく作りにきたんだ」
 オレの言葉を、女は半眼で聞いていた。
「」
 女が何かを言おうと口を開いたとき、オレたちのいる部屋が大きく揺れた。壁にもたれ掛かっているオレは大丈夫だったが、女はバランスを崩してへたり込む。
「・・・・・・これがお前の言う新しく作りにきたものか。宣戦布告とは良い度胸だ」
「ち、違う違う!!これオレとは無関係!」
 とりあえず、二人そろって地面を這いながら外が見える窓に向かう。そこからは、城壁が土煙を上げているのが分かった。
「・・・・・・おい、あそこにいるのお前の弟じゃないか?」
「あー、オレの目が悪くなった訳じゃなかったかー」
 土煙の中から姿を現したのは、まぎれもなく、魔王を討伐し、勇者の称号を手に入れたオレの弟だった。
 弟は、土煙の中で腕組みをし、何かを宣言すると、飛翔した。魔王は剣で討ち取ったらしいが、小さい頃から飛翔に精霊を使うの得意だったなぁと思い出す。突然の破壊工作に、城内から飛び出してきた兵士達も、それを見上げ、その主が勇者である事を認めると動揺。近場にいる兵士に状況を聞いているようだ。
 後には壊された城壁と、何をしていいか分からない兵士が残った。一日の時間を知らせる太陽が、天頂の月と重なる2時間程前の事だ。

「で、どうしてお前はあんな行動にでた?」
 執務机に向かい、書類処理をしていると、彼女が突然問い掛けてきた。
 突然の事に、いつの事を言っているのかが分からずに思案する。
「ほら、お前が私に新しく作りにきたとか言った時だ」
 彼女の言葉で、いつのことを聞いているのか分かったオレは口を開く
。 「あの前日さ、勇者がオレの住んでるところに来たんだよ」
「ああ・・・・・・。あいつが勇者だった最後の日か・・・・・・」
 あの後、弟が何を思い城壁を壊し、何を言って飛び立ったのかを思い出して、にわかに頭痛がし始める。彼女も遠い目をしていることから、思い出したくはなかったのだろう。
「で、さ。その時言われたんだよ。お前は政治の駆け引きに使われたり、使ったり・・・・・・。まぁ、オレが逃げてた世界に、お前はいて。オレの許嫁だったから巻き込まれたお前が踏ん張ってるのに、てめぇは逃げるのかよってさ」
「ほんとにそう思う。なんでお前逃げてたんだよ。しかも私やあいつが帰ってきたタイミングで。おかげであいつは城内で勇者王なんて呼ばれてたんだぞ」  その名前に、思わず吹き出す。
「勇者王か。良い名前じゃないか」
「話をそらすな。なんで逃げたんだ」
「・・・・・・いや、さ。そのなんつーか。お前、あいつとずっと旅してた訳だろ。だったら、許嫁とはいえ、オレがいる事であいつとギクシャクするんじゃねーかと思ってさ」
 そういった瞬間。隣に居る彼女に頭を思い切り叩かれた。
「私をそんなに尻軽女だとおもってたんだ」
「いや、それはほんとに悪かったって!そのあとすぐにあいつが木行の酒場の女に一目惚れしたって聞いたんだけど、戻るに戻れなくなっちまって!!」
「・・・・・・ハァ・・・・・・。まぁいいけど」

 コツコツ

 後ろの窓で音がした。
 振り返ると、白い鳥が窓を叩いている。
 窓を開けると、鳥はオレの肩に飛び乗ってきた。その足には紙が括り付けられている。
「手紙・・・・・・?」
 その紙を外すと、鳥はオレの肩から飛び立ち、窓の外へ。
 それを見送り、手紙を開くと、そこにあったのは・・・・・・。
「おい」
「なに」
「これ」
 そう言って手紙を彼女に渡す。
 さて、弟の結婚式に行く準備を、そろそろしなければ。

Yves TOPTAROT TOP
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