太陽が常に見下ろす陽光大陸。
 陽光大陸における人間の都市は、地表を見てもその規模を伺い知る事は出来ない。そこに住む民は、地下において都市を発展させている。
 なぜなら、常時中天に太陽のあるこの大陸において、地表とは、最も苛酷な場所の1つであるからだ。
 月が空にある時はまだ良い。1つでも月があれば、精霊が活性化するので、精霊術の効果が上がる。そうすれば、水の精霊を呼び出して温度を下げるなり、木の精霊を呼び出して木陰を作る事くらいは出来る。
 しかし、4つの太陽が天空を制圧している状態のこの時間帯は、地表に出るのは厳しいだろう。あと一時間もすれば太陽が1つ沈む。月に合計で22日ある酷暑と呼ばれるこの時間帯は、地表に出ようとする者はいない。特に、十日に一度やってくる大酷暑と呼ばれる時間帯は、7時間も続き、あまりの暑さに、海の見える場所では海が蒸発。沸点を超えた水が辺りを漂う事になり、自然発火もたびたび起こるという。
「聖母様!!」
 そんな地下世界で、声が上がった。時刻は既に一時。一日という感覚が希薄になる地下世界においても、それなりに活気がある時間だ。声が上がった場所は、地下世界の寺院の中。教典の布教を行う信人と呼ばれる人、寺院に祈りを捧げにくる人などでそれなりに賑わっている。
 聖母と呼ばれた女性は、そんな、にぎやかな場所でも目立っていた。寺院の中という事もあり、人々の流れはゆったりとしているのだが、その中でも、さらにゆったりとしたペースで、静々と歩く姿は有名だ。
 女性を呼び止めたのは、二人組の少年だった。
 二人の少年は、精霊術が使える、この大陸では珍しい人材だ。そのため、少しでも精霊術の熟練度が上がるように、月の出ている日に活動している事が多い。
「あら、どうしたの?今日は早起きなのね」
 女性はかがみ込む事で二人と目線を合わせると、その頭を撫でながらそう言った。今はクロイゼルングの午後になったばかりだ。月が昇るのはまだ10時間ある。
 二人は顔を見合わせると、お互いに笑った。そして、後ろに隠していた手を前に差し出した。
「これ!!ふたりで作ったんだ!!聖母様にあげる!!」
 二人の手の中にあったのは太陽の娘と呼ばれる花にそっくりの粘度細工だった。随所に精霊術を使っているのだろう。通常の粘土細工ではあり得ない程に固く、しなやかだ。
「まぁ!!すごいわね。もうこんなことまで出来るようになったのね。これだと、神軍の端に名を連ねるのも近いわ」
「ホント!?」
 少年の声に、穏やかに笑い返す。
「ええ、きっと。じゃあ、私はそろそろお勤めの時間だから、またね」
「うん!!聖母様きをつけてね!」
 そう言うと、少年達は元来た道を走り去っていく。女性はそれを見届けると、再び歩き始めた。
 歩きながら、時計を確認する。今は一時。太陽は2時、7時、10時と沈んでいき、11時には月が1つ昇る。女性は、それまでにやるべき事と、行かなければいけないところを整理しながら祈りの間に向かう。この時間は多くの人で賑わっているだろうが、太陽が3つ昇っている時間帯に祈りの間に行く事が教典の1つだ。近くに祈りの間が無い時は太陽の昇る方向を向いて祈る。今は祈りの間に行けるのだから行かなければ。
 

 地上に出れば、地下では意識しなければ分からない空気の流れを知る事が出来る。
 目を閉じて風を感じていた女性は目を開き、前方を見る。そこには、二足歩行するトカゲ型の種族、リザードマンや、全身を炎で覆われたイフリートなど、人間ならざる種族が多く終結している。異種族である以上に、異宗教であるという理由で対立している集団だ。
 異種族と同じように、戦うために整列していたレギオン教徒の前に1人の男性が歩み出る。
「諸君。月が我らを祝福している。冥界の門が開いておる。前を見よ。大罪人がこちらの世界でも罪を犯そうとしている」
 男性の演説に、気の早いもの、血気盛んなものが雄叫びをあげる。レギオン教の基本思想は、現世にあるもの達は、あの世で罪を犯したものである、というものだ。罰として、この灼熱の大地で暮らしている。そして、現世で善良な行いをしたものは再びあの世に渡る事が出来る。もしも現世で再び犯罪を犯せば、地底王の下で、砂漠の死体回収をはじめとする雑務に、精神が朽ち果てるまで従事することになるという。
 外見的特徴は、あの世で侵した罪の大きさによって変わるとされている。
 軽犯罪なら人間の姿に、重犯罪であれば獣の姿になるらしい。
「では諸君。我らと我らの同胞のために。・・・・・・裁きの時間だ」
「我ら咎人なり!!」
「彼の世の行いを反省するものなり!!」
「されど我ら執行者なり!!」
「大罪人を罰するものなり!!」
「あぁ・・・・・・!!」
「あぁ、彼らこそ救うべきものなり!!」
「我ら彼らを救うものなり!!」
 レギオン教の人間達が一歩を踏み出す。
 初めはゆったりとした動きだったものが、やがて速度を増し、一迅の風となる。月が出ている今、精霊術を使っての身体強化が可能だ。非力な人間の一歩は精霊の力を借りて、地を穿つほどの踏み込みとなる。
 一列目の者が踏み込んだ事で踏み固められた砂の大地は、その次の者が踏み込む事で更に踏み固められる。最後の列の者の足下には、踏み固められ、舗装されたかのような地面があった。
 その時、前方。異種族の陣営にも動きがあった。
 イフリートやジンといった、飛翔する種族が空高く飛び上がったのだ。レギオン教徒に飛翔出来る種族はいない。人間だけで構成されているからだ。
「怯むな!!前へ!」
 進む陣のどこかで、先ほど演説していた男性の声が響く。ひたすら前進する教徒達。その中に、昼間聖母様と呼ばれていた女性もいた。考えるのは、目の前の救うべき人たち。獣の姿にされ、この灼熱の大地に住まわされている人たちだ。一刻も早く解放してやらねばならない。
「精霊よ!私に力を!!」
 気合いを入れて宙を舞っていた精霊に声をかける。術者の実力によって応えてくれる精霊の数は様々だが、聖母と呼ばれる女性は、約1000の精霊を従える事が出来る。普通の人は一度に10の精霊を従える事が出来れば良い方で、それを考えると、女性の実力は高いほうだろう。
 女性の声に応えた水の精霊達は、踊ったりじゃれ合ったりしながら、地面を固めていく。第一陣を走っている者達が、僅かでも地面に水分を含ませてやれば、地面は踏み固められていく。
 自分の声に応えてくれた精霊達がもたらす成果を考えて、女性は内心でわき上がる歓喜を感じる。これこそが自分に与えられた使命なのだと。すなわち、贖罪として、罪を裁く、その道を切り開く事。
 更に精霊を呼びかけようとして、女性は違和感にとらわれた。地面が緩やかに傾いている。そう感じたのだ。
 女性が、周囲に注意を呼びかけようと、息を吸った瞬間。地面が崩れた。
 突然の出来事に、女性の周囲で混乱が巻き起こる。何が起こったか理解出来ないもの。理解は出来たが、どうにも出来ないもの。どうにか出来るが、周囲の混乱によって行動が出来なかったもの。
 地面の崩壊に巻き込まれたのは、レギオン教の最前線にいた者達だ。
 

「いたたたた・・・・・・」
 痛む頭を押さえながら、暗闇の中で女性が立ち上がった。周囲には、痛みでうめき声を上げる者が多く居る。周囲を見渡しながら、自分達がこのような状況に陥った原因を思い出した。
「あぁ、このような卑劣な手段をとるとは・・・・・・。本当にひどい方達です」
 落ちて来たであろう方向を仰ぎ見ると、そこには月が2つと太陽の姿。どうやら崩落に巻き込まれてからそれほど時間は経っていないと分かった。
「聖母様!!」
 呼ばれ、振り返ると、そこにはフードを被った男性が一人慌てて駆け寄ってきていた。両腰と背中に刃を携えているところを見ると、魔法剣士なのだろう。女性と同じく、精霊と戯れながら前進していたところを、地面の崩落に巻き込まれたようだ。
「はい。けが人の方はどの位いますか?」
 女性の穏やかな声に、男性も落ち着きを取り戻したようだ。
「ご無事で何よりです。けが人はそれほどおりません。どうやら、地面が柔らかくなっていたおかげで、大した怪我には至らなかったようです」
「そうですか・・・・・・。日々の信仰のおかげですね」
「はい。本当に。我らが神は我らがここで死ぬ事を良しとはしなかったのでしょう。もしかすると、あれほどの数の重罪人を1人も裁く事なく戦線を崩壊させてしまった我々に嘆き、再びのチャンスを与えてくださったのかもしれません」
「そうですね・・・・・・。それでは急いでここから出なければ。幸いにして、まだ月は出ています。精霊に呼びかけて道をつけてもらいましょう」
 そう言って、早速精霊に呼びかける。なにやら隣の男性が慌てた様子で口を開いたが、その意思が言葉になる前に、女性は精霊に呼びかけていた。いつもと違ったのは、呼びかけた精霊が、一瞬反抗的な目を女性に向けた事。その後起こったのは、女性が予想だにしなかったことだ。
 女性の呼びかけに応えた土の精霊は、土を盛り上げた。勢い良く盛り上がった土は、天へと伸ばそうとした女性の意思に反して、女性の方に襲いかかって来たのだ。慌ててそれを回避する。
「ど、どうなっているんですか・・・・・・?」
 呆然と呟くが、それだけだ。答えを求めている訳ではない。
「どうやら、この空間の精霊はすべて異教徒の支配下に置かれているようなのです」
 その呟きに答えたのは、フードの男性だ。その言葉を聞きはしたが、理解できない。
「支配下に・・・・・・?そんな。月の出ていない昼間ならまだしも、今は月が3つも出ている深夜なんですよ?どれほどの精霊が居ると思うんです」
 月が出ていないときであれば、精霊は姿を隠す。呼びかけに応えてくれる精霊はほとんどいない。それが、月が出ていないときは精霊術が使えない理由だ。
「そんな事は分かっています。しかし、事実、そうなっているのですから仕方がないでしょう」
「そうですね・・・・・・。仕方がありません。別の出口を探しましょう」
 そう言うと、女性は壁に向かって歩き出した。
「それなら、こちらにそれらしい道がありました」
「本当ですか。では案内してください」
「・・・・・・疑う事を知らないんですか?」
「どうしてですか?同じレギオン教徒同士、疑う必要などないでしょう?」
 男性の言葉に疑問を覚えた女性は、首を傾げる。それを見た男性は、たじろぐ。
「あ、あぁ。ではこちらです」
 そう言って歩き出した男性の後ろを、女性は着いて歩く。少し歩くと、やがて細い通路の様になっている場所が見えてきた。
「ここです。少し中を歩いたんですが、空気が流れていたので、外に続いているでしょう」
「そうですか」
 意識を取り戻した時と同様に空を見上げる。月は既に傾き始めている。傾き加減からして、今は午後16時頃だろうか。あと二時間もすれば、太陽が昇る。太陽が2つになれば、精霊術で出来る事が一気に少なくなる。加えて、日が2つになれば、気温は一気に高くなる。水のないこんな場所にいれば、すぐにミイラになってしまう。そうなる前にここを脱出して水気のあるところに行かなければいけない。
 女性が通路に入ると同時に、入口が閉ざされた。
「?どうしたんでしょう。崩落したんでしょうか」
 入口だったところを触ってみても、サラサラと砂がこぼれるばかりだ。少し掘ることが出来たと思えば、上から新しい砂がこぼれてくるので、向こう側に人が通れる程の穴をあける事は出来そうにない。
 ここが崩れた事から考えても、地盤がしっかりしているとは思えない。だとしたら、一刻も早く脱出して救援を求めなければ、この通路の向こう側の人々は閉じ込められた事になる。
 先を急ぐために通路の奥に顔を向けた。
 すると、そこにはフードを脱いだ男性の姿が。その頭には狐の耳があり、異族である事を主張している。
「異族の方でしたか・・・・・・」
 その耳を見た女性は、静かに臨戦態勢をとる。精霊は一体も彼女の声に応えてくれないが、それでも出来る事はある。
「ああ。だが、誤解するな。オレはあなたと敵対したくてここに連れてきた訳じゃない」
「異族のそのような言葉を信じる事が出来るとでも思っているんですか?」
 女性は男性が肩を竦めるのを見た。
「この通路の入口が崩れたのは、地盤が緩いからじゃない。オレが崩したんだ」
「そんな・・・・・・。ここの精霊は異教徒のしは・・・・・・い、か・・・・・・に・・・・・・」
 言いながら、女性は思い出す。精霊は、異教徒の支配下に置かれているという事を。
「・・・・・・まさか精霊を支配下に置いてるのは・・・・・・」
「ああ、オレだ。だから、オレの話をおとなしく聞いてくれれば、ここから出してやる。だから、ちょっと話を聞け」
「分かりました。どのような話でしょう」
 周囲を見渡し、座るのにちょうど良いものがないかを探す。ほどなくして、腰掛けるのにちょうどいい高さの土塊を見つけた。心境としては教徒の懺悔を聞くときに近い。
「あんたは、レギオン教に疑問を感じないのか?」
「どうしてでしょう。信じるべき神を疑うなど、信者としてもっとも恥ずべき事です。理解しあうために疑問を投げかけるのなら別ですが、あなたのそれは、ない事を、あるいはなくすためにはどうすればよいかを考えるものです」
「はぁ・・・・・・。レギオン教の根本思想は、自分たちが罪人である、というものだよな」
「ええ。ですから私たちは、その罪を償うために、日々を健全に過ごし、己の反省とし、神に示さなければならないのです」
「ふむ・・・・・・。聞いていた通りだな。ある日、俺たちのところに賢人と呼ばれる人がやってきた。初めは人間がやってきたと警戒したんだがな。その人は、オレたちに人間に攻め込まないでくれと頼みにきたんだ」
 女性はその言葉を聞いて驚いてしまった。
「代わりに、あの人は俺たちに様々な技術を教えてくれた。あんた達、オレ達は精霊術が使えないと教えられているんだろう?だが実際はどうだオレはさっき言った通り、精霊術がつかえる。それだけでもレギオン教の教典の否定になるだろう。そもそも、オレたち、レギオン教でない獣人なんかが重罪人だっていうのはその教典に書かれているのかよ?」
「・・・・・・いいえ。教典にはそんなことかかれていません。教典に書かれているのは、あの世において、殺人を犯したものが、神に獣の姿に変えられ、『その姿で反省しろ』と神に言われただけです」
「なるほど。つまり、オレたちは重罪人で、獣の姿で反省しているだけなのに、お前たち人間が勝手に更なる罰を与えようとしている訳だ」
「それは・・・・・・」
 狐耳の男性の言葉を、否定しようとして、否定する言葉がない事を知った。
「今は、お互いに交流が少ない。が、この先あんたたちが同じ事を繰り返していたら、どちらかの種族が滅びるまで争い続ける事になる。そのことをレギオン教の影響力のある人間に伝えてくれと、賢人は言い残してどこかに行ってしまった・・・・・・」
「そんな事が・・・・・・」
 男性の言葉に、女性は動揺している自分がいることに驚いていた。彼女にとって、レギオン教の教えは、生まれてからずっと共にあったものであり、行動原理の1つにさえなっている。しかし、ここ数時間であった事は彼女のその根っこの部分を壊すには充分だった。それは、異族が重罪人であるため、精霊術は使えないと言う教えだ。ほかの教えを口先で否定されるだけならこれまでもあった。しかし、異族が精霊術を使えない、というものを目の前で実際に使う事で否定されると、どうしようもない。
「・・・・・・じゃあ、そう言う事だ。よろしく頼む」
 そういうと、狐耳の男性は歩きさっていった。後ろから空気が吹き付けたような気がして振り返る。すると、それまで塞がっていた通路の入口が開いていた。
 座っている位置から見える限りでは、誰かが掘り崩したようには見えないし、その誰かを見つける事も出来なかった。
 誰もいないという事に安心し、女性は狐耳の男性の話が頭の中で繰り返されているのを呆然と聞いていた。


 陽光大陸に、レギオン教という宗教集団がある。穏健派と過激派に別れているその宗教集団だが、穏健派の象徴は、穏やかな顔をした女性である。聞けば、その女性こそがレギオン教が対立する原因となっていると言う。
 対立の理由は、異族の位置づけにある。穏健派においては、この世界のすべての人は、あの世で罪を犯した罪人であり、その罪を反省する同士であるという事。一方、過激派は、異族はあの世における重罪人であり、人間が罰さなければいけない罪の象徴であるということだ。
 異族の扱いに対して対照的であるため、その信者層も大きく異なる。過激派においては人間のみが信仰しているが、穏健派の中には、異族の信者がいるのだ。
 そして、穏健派を立ち上げた女性は亡くなった今も、聖母として、信者たちから象徴として崇められている。

Yves TOPTAROT TOP
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