月光大陸、プロメテア。
 火行の国であるここは、太陽の有無にかかわらず、一年中明るい。大地のほとんどが溶け、燃え盛る溶岩が、川として流れているからだ。そんな場所に住むのは、竜種や体を炎で構成しているジン、イフリートなどだ。
 そんな場所にも、建築物は少ないがある。プロメテアと呼ばれるこの領土において、建築物と呼ばれるのは、王宮のみだ。高温でも形を保つ龍岩石と呼ばれる特殊な鉱石でできており、全体が蒼く光る様は国外でも有名だ。
「ふぁ……」
 その玉座に座り、あくびをこぼす人影があった。普通の人と異なるのは、その頭にある一対の角だ。
「王女、謁見中です。あくびは控えてください」
 玉座の隣で漂うジンが人影、女帝をたしなめる。注意された女帝は、口元を押さえ、照れ笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。あまりにも意味のない来客だったものだから」
 謁見に来ていたのは、女帝と同じく頭に一対の角がある人型だ。しかし、その角の片方は折れており、半ばから姿を消している。今は頭を垂れその表情は見えないが、女帝の言葉に肩が一度跳ねた。全身もかすかに震えている。
 その様子からして、訪問者が怒りに震えているのがわかる。しかし、女帝はそんなことに興味がない。今興味があるのは、今晩の祭りのことだ。空に月が3つ揃っている間は、精霊が活性化する。今晩はそのなかでも最も長い11時間だ。いつもよりも溶岩河が激しさを増し、大気には火の粉が舞い散る。それだけではなく、体には力が満ち溢れる。テンションの上がった人々は月が沈むまで騒ぎ、呑み明かす。怪我人がでることも多々あるが、精霊が活性化していることで怪我の治りも早い。そのため、普段よりも無茶をするものもいれば、ここぞとばかりに力比べをするものも多い。
 女帝は、その様子をこの宮殿から見守るのが好きだ。今からそれを楽しみにしている女帝にとって、訪問者の持ちかけてきた話は不愉快そのものだ。今は祭り以外のことは気にしたくない。
「私が穏やかな気持ちでいる間に帰ってくださる?帰って下さらなくてもよろしいですが、その際は強制的に帰っていただくことになりますが、どちらがよろしいですか?」
「……失礼する」
 そう言うと、訪問者は立ち上がり、踵を返して王宮を後にした。
「……ふぅ」
「女帝、お疲れさまでした」
「ええ。本当に。でも、そんなことは今はいいわ。今晩の準備は大丈夫?」
「王宮の防御、補強、修繕の準備、ともに完璧です」
 執事として仕えているジンのセリフに満足する。
「そう。だったらいいわ。今日はもう帰りなさい。奥様によろしくね」
「は、失礼します」
 ジンが女帝に一礼すると、玉座裏の扉から謁見の間から去った。
「さて、誰もいなくなったし、私は夜までどうしようかしら」
 今、空には月が2つと太陽が1つ。もう少しで最後の月が昇り、それほどの時を置かずに太陽は沈むだろう。いま外を見れば、祭りの準備を行っているはずだ。
 その様子を見守るのもいいが、それよりも先ほどの謁見者の言っていたことが気になる。もしもの時のために備えておかなければ。

「で?俺のところになんのようだ。前にも言ったが、俺はここから動くつもりもないぞ。祭壇を動かすと、俺も動くことになるから、祭壇も動かすつもりもない」
 王宮の地下。そこは外に比べると冷えている。地上では光源となっている火がないため、地下は暗い。壁が溶岩で照らされるが、それも時折だ。
「わかっているわ。ただ、ちょっと気になることがあって、相談にきたの」
 その地下にいるのは、王宮の玉座に座っていた女帝だ。口調から地下にいる人物に会いに来たことがわかる。そして、女帝に相対しているのは一人のサイクロプスだった。
「相談?この祭壇に関することか……。面倒だ。帰ってくれ」
 祭壇とはそれぞれの属性の力を増幅させる精霊の力を宿している。それぞれの属性の土地に複数あり、その祭壇に触れれば絶大な力を得るという。その代償として、命を落とすとも言われているが。
「……そんな!お願いだから、少しは話を聞いて!」
「問題ない。ここにお前ら火行が入って来れば問答無用で叩き潰す。土行の俺ならできる」
「それはわかっているわ!でも!」
「話をするつもりはない。あんたがここに居られるのも、この王宮の主だからだ。それ以上こちらに近づけば、問答無用で叩き潰す」
「……それは聞き捨てならないわ。たかだか巨人の一族が、ドラゴノイドの一族に敵うとでも?」
 サイクロプスの言葉に、女帝の雰囲気が変わる。それは、ドラゴノイドという種族の持つ高潔さからくるものかもしれない。龍の血を引いている彼らの強さは、他の種族とは一線を画する。純潔の龍には劣るものの、一体で数十のものと渡り合うほどの戦力は持っている。
「確かに。いつもの俺ならばドラゴノイドたるあんたには敵うまい。が、今、ここでなら。祭壇を背にしたこの状況でならあんたを叩き潰すことはできる」
「そんなことをすればあなたもただでは済まない」
「そのとおりだ。もちろん俺もそんなことをするつもりはない。ただ、その覚悟はある。それはわかってくれ」
 祭壇の守護者であるサイクロプスの言葉に、女帝はため息をつく。
「隣の領土を納めている同じ火龍がここを攻めてくるかもしれないわ」
「おい!俺は話を聞くつもりはないと……!」
「午前中に謁見者が来たの。名言はしなかったけど、祭壇の統治者の座をよこせと言ってきたわ」
 女帝が地上と地下を繋ぐ階段に腰掛けた。
「あのドラゴノイドが何を企んでいるかはわからない。単に私が力不足で、向こうのほうがふさわしいと思っての言葉かもしれない。でも、今の所私はこの城を出るつもりはないの。領民の皆のことは好きだし、何よりこの城の眺めが好きだしね」
 女帝の話を聞いていたサイクロプスがため息をつく。
「それを俺に聞かせてどうするつもりだ。俺はこの祭壇を守ることが使命。お前たちの事情にあまり関わりたくない」
 サイクロプスの言葉を聞いた女帝は立ち上がった。
「別にいいわ。目的は達成したから」
「目的?」
「ええ。ドラゴノイドが攻め入ってくるという話、私の他に知ってるのは私の執事だけよ。領民に不安を抱かせたくはないから話すつもりもない。でもあなたにはできるだけ事情を話しておきたいの。ここに何かが攻め入るかもしれない、という情報は特に」
「王宮に攻め入られたら、お前が迎撃しろ。ここまで攻め入れられたらもう終わりだ。そうなる前にガーディナイトでどうにかしろよ」
 サイクロプスの言葉に女帝は微笑み返すのみだ。
 火行の祭壇を守る役目についているサイクロプスは、土行からの客人にすぎない。この王宮を治めるものが誰になろうと知ったことではないだろう。だが、それでも。この王宮が攻められた時に加勢して欲しいと思うのは、厚かましいだろうか。

 王宮の外の騒ぎが、王宮の窓から聴こえてくる。
 窓から下を見下ろせば、酒を呑んでいるもの、戦っているもの、それを眺めているものなど、それぞれが好きに過ごしているのが見える。
 その領民を見ているのは、この領地を納めているドラゴノイドの女性だ。窓際に腰掛け、時折手を振ってくる領民に手を振り返す。この時間帯は、どこもお祭り騒ぎだ。聞くところによると、他の領地では精霊に当てられてバーサーク状態になるものもいるため、外出禁止にしているところもあるという。それを聞いた時はもったいないと思ったものだ。こんなにも精霊が騒がしくなる時は、外に出て、精霊とともに騒がなければ損だ。
もちろん、彼女の領地にも、精霊濃度が高い所に長時間滞在することで陥るバーサーク状態になるものがいないとは言わない。しかし、バーサーク状態は力を振るうことで体内の精霊を放出すればいずれ回復する。そのため、彼女の領地では、バーサーク状態のものが出た場合は、バーサーク状態のものと戦うことで状態異常の回復を行う。いわば一つの行事と化している。
 そんな土地を納める彼女であるから、精霊が活発になるこの時間帯を外出禁止にするというのは理解できなかった。
 女帝が窓に腰掛け眼下を見下ろしていると、視界にある溶岩河が大きく膨れ上がった。河にいる精霊もテンション上がっていいことだ、と思っていると、どうやら精霊によるものではないらしいということが、間を置かずしてわかった。
 膨れ上がった溶岩が中で球となり王宮に向けて一直線に飛んできたからだ。その大きさは直径にして4メートル。小型の巨人ほどはあるだろう。
 突然のことに慌てる領民たちが眼下に見える。
 しかし、女帝がこの地を納めることになったのはその実力によるものだ。慌てることなく窓際から立ち上がると、球となった溶岩に向けて飛んだ。
 空中で、女帝と溶岩球がぶつかる。
 当然そうなるべきであった。
 ところが、女帝を前にした溶岩球は不可思議な動きを見せた。4メートルほどあった溶岩球がみるみるうちに小さくなっていくのだ。小さくなった溶岩球は、女帝と重なり合うと、女帝に吸い込まれるようにして消えた。
 女帝は何事もなかったかのように地面に着地。
 ざわめく領民を見渡す。首を一巡りさせると、領民に対して微笑みかけた。
「みんな、心配いらない。この私がいる限り、みんなを害そうとする炎は私が防ぐから」
 静かな女帝の声は、領民に徐々に広がり、やがて歓声に変わった。
「攻め入ってきたのはおそらく隣の民でしょう。間もなく戦となります。戦の準備を!!」
 歓声はやがて鬨の声となって響いた。

 火行の領地。溶岩の流れを挟んで、火行の民が対峙していた。
 それそれの陣営から一人歩み出る。
「まさかここまで愚かだとは思わなかった。朝謁見して、その月が沈まぬうちに攻め入ってくるとはね」
「やかましい。そちらがおとなしく祭壇のある王宮を明け渡さんからだ。勇者が魔王を討伐したからといって、この先も平和であるとは限らん!一層の武力強化をするべきだ!」
 相手陣営から出てきた人物を見て、女帝はため息をついた。
「だからといって、どうして今日なのです。せっかくの祭りが台無しではないですか」
 女帝の言葉をきいた相手のドラゴノイドはニヤリと笑った。
「貴様らは争いごとが好きだろう?精霊が活性化している時も酒を呑み、争い、バーサーク化も厭わぬ奴らだ。これを祭りの一環だと思えばいい」
 ドラゴノイドの言葉をきいた女帝が、ドラゴノイドに微笑みかける。
「そうね。言う通りだわ。・・・・・・みんな!お祭りの続きをしてくれるらしいわよ!いつものように、容赦なく行くわよ」
 女帝の言葉に、彼女の陣営のものが各々の戦闘姿勢をとる。戦闘準備が整うと、整ったものから飛び出していく。翼のあるものはその翼を使い飛び出し、翼がないものは相手に向かって走りだす。目の前に溶岩があろうと関係ない。彼らにとってはたとえ高温の溶岩であろうと、溶岩を飲むものにとっては大した問題にならない。
 女帝の勢力が、溶岩を超え、空を飛び、敵陣に侵攻していく。
 そして、女帝は見た。相手陣営のドラゴノイドが笑ったのを。
「!!みんな止まって!戻るのよ!」
 しかし女帝の言葉は遅かった。
 相手陣営にある程度近づいた女帝の領民は、まるで壁に弾かれたかのように跳ね返った。跳ね返った領民はその場で動けなくなる。驚きに目を見開く女帝の耳に、下品な笑い声が届いた。
 笑い声の主など探さなくとも分かる。相手のドラゴノイドだ。
「見たか!これが新しい戦法だ!忌々しい人間どもを参考にするのは屈辱だったが、成果が上がったのだからよしとしよう!」
 続いて聞こえたのは予想もしていなかった言葉だ。確かにこの光景は魔王侵略時の人間の使っていた戦略と同じだ。魔王侵略時、領土を失った人間は、領土を求めて他の属性の領土に攻め入ってきた。その時にとった戦法というのが、精霊術を用いて拘束するというものだ。
「龍の末席に名を連ねるものが、人間の術に手を染めるなんて、おちたものね」
「ふん。今回だけだ。私も不本意だからな。祭壇を手に入れたら、こんなこと、二度とするものか。この結界がある限り、そちらからこちらに進むことはできない。・・・・・・そして!」
 ドラゴノイドが右手を上げ、その右手を振り下ろした。それを合図に、相手の領民が突撃してきた。
「こちら側からはいくらでも進撃できる!!」
「それがどうした!!」
 たとえどれほど向こうから侵攻されようとも、戻ることができない以上、関係無い。長期戦を行うことが目的なのかもしれない。だが、戦力としてこちらの方が有利な以上、不利なのは向こうだ。こちらは飛び込んでくる向こうの戦力を殺すことなく確保。そうすればこの周囲に人があふれることになる。外にでれない原因は向こうが作っているので、その事実を徐々に広げていけば、こちらが有利になる。
「お前の考えていることはわかっているぞ!最終的にはそちらが有利になるから大丈夫だと思っているのだろう!?だがあまい!!」
 敵方のドラゴノイドはそれだけ言い、理由を説明しなかった。
 女帝は永遠と攻め入ってくる敵に対処するのに追われていたため、それに気がつくのに遅れた。それを見たのは、戦いが始まってのち、月が一つ沈もうとし始めてからだった。傷を負った敵兵が、精霊術で区切られた協会を超えて向こうの陣営へと戻って行ったのだ。
「バカな!!」
「今更気がついたか!!」
 女帝の言葉を聞き逃さなかった敵将が、女帝に斬りかかりながら叫んだ。女帝はその刃を拳で弾き、ドラゴンブレスで吹き飛ばすことで対処した。敵将は全身が半分煙でできているようなジンであったため、蹴り飛ばすことができなかったのだ。
「我らもただ人間の術を真似たわけではない。我らとその同胞のみが通過できるようにしたのだ」
 ジン言葉に、女帝は言葉を失った。状況は、彼女が思っている以上に悪かったのだ。
「あの術を破るには、勇者、あるいはそれに相当する力でなければならん。たとえ領主といえども、個人の力ではどうにもならんわ」
「だったら・・・・・・!!」
 女帝は、右手を振り上げた。
「ガーディナイト!!」
 呼べばくる。そういう剣だ。
 そしてその通りになった。女帝の振り上げた右手には、それまではなかった両刃の騎士剣が握られていた。
「これでぇー!!」
 騎士剣の柄に左手を添え、思い切り振り抜く。
「待てよ」
 しかし、それを止める声があった。声には力が付いていた。振り抜こうとした剣が動かない。女帝が驚いたのは、剣が振りぬけないことよりも、その声に対してだった。
 思わず振り返れば、そこには想像していた通りの人の顔があった。
「勇者!?」
「バカな!!」
 女帝の言葉と、敵将の言葉がかぶる。
「相変わらず女帝は単純だな。あからさまに誘い文句だろうが。誘いにホイホイ乗るなよ」
 そう言うと、勇者は女帝の握っていた騎士剣を放す。
「あんな術式、おれがサクッと切ってやるからよ」
 勇者は言葉が終わらないうちにその腰に下げていた剣を抜き放ち、その勢いのまま横に大きく薙いだ。すると、その切先から衝撃波が発生。一直線に飛んでいく。
 飛んだ衝撃波は、甲高い音を伴って、何かにぶつかった。ぶつかったところから、空にひび割れができていった。そして、崩れ落ちる。
「うん。これでいいだろ。じゃ、女帝。おれは行くからよ」
「ど、どこに!?」
「ああ、木行のところに。ちょっとプロポーズしてくるわ。しばらくしたら結婚式の招待状送るから、式には来てくれ。あ、あと司祭殿にもよろしく」
 それだけ言うと、勇者は歩き出した。その進行方向は、確かに木行の領土。進路上には、相手のドラゴノイドが率いる軍勢。その軍勢は目に入っているだろうに、勇者はまるで近所を散歩でもしているかのように気楽に歩いていく。

 結局、勇者の登場によって攻め入ってきた敵は蹴散らされた。おとなしく道を開けていれば危害はなく、再び攻めてくることもできたかもしれない。が、相手はこちらから進んできた勇者が女帝に加担していると判断したらしい。無謀にも勇者に斬りかかっては返り討ちにされる、といったことを繰り返すうちに壊滅してしまった。
 女帝側に被害はほとんどなし。
 王宮に戻ると、祭壇の守護をしているサイクロプスが珍しく地上に出てきていた。
「なんだ、戻ってきたのはあんたか。新しい領主に挨拶する必要は無くなったな」
 女帝が声をかけるをかけようとしたが、声をかける前にそう言って地下に潜ってしまった。
 戦後処理もすることはほとんどなかった。戦になったのは空を月が支配する時間帯で、もとから治療や修理の準備を行っていたためだ。人間界を始め、他の種族で行われているような政治的な取引などない。戦になれば争うが、終わればそれまで。そういう種族だし、そういう領土だ。
 そして今日も、女帝は天中にある空を見上げる。
 精霊が騒ぎ、領民も騒ぐ、月の満ちる空への日数を数えながら。

Yves TOPTAROT TOP
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