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 マール峠。
 そこの家の一室に、ティパの村のキャラバンはいた。その家はここまで行動をともにしてくれたノディの家だ。どうせだから飯を食っていけ、と言われ、ありがたく食事をいただいた。
「じゃあ、カトゥリゲス鉱山に行ったあと、キノコの森に戻って、ティパの村に雫を届けるってことでいい?」
 久しぶりにテーブルを囲んでの食事をしたティパの村のキャラバンメンバーは、エリンの言葉に頷いた。
「ああ、それだけあればキノコの森の調査とやらも終わるだろう」
 マール峠からカトゥリゲス鉱山までは2日。そこからマール峠に戻ってきて、キノコの森に行けば5日。計7日間だ。十分だろう。
「まぁ、村を出てからリルティに振り回されてきた。1年目だし、来年はまた違った奴らと出会うことになるだろう。だが今は目の前のミルラの雫に集中しよう。あと二箇所。それで村に帰れる。まだ時間の余裕はある。焦らずに行こう」
 ム・ジカの言葉に、3人がそれぞれ頷く。
「出発はいつにする?今の所、食べ物はまだ大丈夫だから、新しく買う必要はないけど・・・・・・」
 エリンの言葉に、ム・ジカは馬車に積んである食料を始めとする日用品を思い浮かべる。エリンの言う通り、食料はまだ余裕がある。キノコの森で滴集めができなかったため、そこで消費するはずだった食料がまだ余っているのだ。加えて、アルフィタリア城のキャラバンからもらった食料もある。補給するよりは、どこかに提供して腐らないうちに食べてもらったほうがいいかもしれない。
「そうだな・・・・・・。今日はゆっくりしよう。リバーベル街道でしか戦ってないからあまり疲れないかもしれない。でも、これまでこんなに長い間外で寝泊まりしたことはなかった。だから、知らないところで疲れているのかも。ここでゆっくり疲れをとろう」
 ム・ジカの言葉に他の3人が再び頷く。
「寝床はここを貸してくれるらしいから、こんばんは久しぶりに静かに寝れるね」
 チャドがそう言った。
「不寝番を立てずにすむので、楽でいいですね」
 チャドの言葉に、イーリアスが頷きながら言う。眠るときは馬車の中で寝るのだが、小さな物音や、風の音が響く。なかなか疲れが取れない日もある。夜になれば魔物の襲撃に備えて不寝番を立てるのが普通だ。そんなわけで、物音や魔物の襲撃がない夜は久しぶりなのだ。
「じゃ、夜まで自由行動。別に時間は決めねぇけど、日付が変わるまでには帰ってくること」
 ム・ジカはそう言うと、立ち上がり食器を持って部屋から出た。
 それを見たキャラバンのメンバーは食事を続けるものと、口にかき込むもの、ム・ジカと同じように席を立つものに別れた。それぞれ、エリン、チャド、イーリアスだ。

 一足先に部屋を出たム・ジカだったが、行くあてがあるわけではなかった。ただ、あの部屋にいても仕方がないと思っただけだ。せっかく村の外に出たのだ。多くのものを見ておきたいと思ったのだ。
「・・・・・・実家でいろいろと売ってるし、ここの商人と話すか」
 そう決めたム・ジカはマール峠で商売をしている人を探してマール峠を歩いた。それほど大きくはないところだ。
 リルティが人々を魔物から守ると、リルティの将軍であったギゥスがクラヴァットの族長アルトゥスに誓った。それが約800年前。その時、マール峠はリルティたちの補給所として発展していった。当時はまだリルティとしての意地が残っていたのか、他種族の侵入を拒み、それが発展を阻害した理由にもなっているだろう。
「その後、しばらくして他種族とも仲良くなり、徐々に峠に住む人も増えたが、街道の整備とともに補給所としての役目は終わっていった、と」
 街道の整備が終われば、移動にかかる時間は少なくなる。補給所がないに越したことはないだろうが、必要性は薄れていった。峠の人口比率としては、いまだにリルティが多いが、これからは行商人の中継地として発展していくだろう。
「あれ?セルキーの一人歩きかい?珍しいね」
 後ろから聞こえた声に周囲を見渡すが、セルキーは周囲にいない。どうやら自分に対しての言葉らしいと理解すると、ム・ジカは振り返った。
 そこには、予想もしていなかった人物が。

 ム・ジカが部屋から出て行ってからも、エリンは食事のペースを変えなかった。この後やりたいことが特になかったからだ。むしろ、魔物を恐れずゆっくり食事ができる、という久しぶりのこの時間を楽しみたかった。
「どこか行きたいところがあるの?」
 エリンが聞いたのはチャドだ。イーリアスはすでに部屋から出て行ってしまっている。ティパの村の外が珍しいのだろう。ム・ジカを追うようにして部屋から出て行った。村の外の環境に興味があったのはエリンも一緒だが、こうしてゆっくり食事できることのありがたみを知ってからは、その興味よりも穏やかな時間を大切にしたいと思っていた。
「え?ううん。別にないよ。ただ、ティパの村とどこが違うのかが興味あるんだ」
「そう。気をつけてね」
 チャドの言葉を聞いたエリンは、そういうと、ゆっくりと食事を再開した。マール峠のクリスタルから離れると、魔物を警戒して進まなければないらない。ゆっくりと食事はできないのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
 チャドは急いだ様子で部屋を後にした。それを見送ったエリンは、自分の食器を見る。そこに食べ物はほとんど残っていない。
「あれ?もうこんだけしかない・・・・・・」
 いつもよりもゆっくり食べられると思って、いつもよりも多めによそっていたのに、と、エリンは残念に思った。食べ終わった後の事は特に考えていないが、外に出る気分ではない。どうしようか、と悩んでいると、部屋の隅に置かれている大きな荷物が目に入った。食料やテントなどが押し込まれている荷物だ。そういえば、中に何がどのくらい入っているのかを分かってないな、と思ったエリンは、食事が終われば、一度荷物を点検してみることにした。

 部屋から外に出ると、クリスタルの加護のないところでは聞くことのできない喧騒が耳に届いた。この峠には定住しているユークはいないと聞いている。そのためか、時折子供達が周囲を走り回る。もう少し遠くに視線をやれば、物陰に隠れている子供がいるのもわかる。
 それらを見たイーリアスは、顎に手を当てて考える仕草をした。それは周囲に考え事をしている、というアピールの一つだ。他の種族のように表情で何を考えているかわからないと言われてきた彼女は、オーバーリアクションをとることを心がけている。そちらの方が、お互いにコミュニケーションが取れるという教訓からだ。
 その仕草をして考えるのは、今どのような行動をするのがベストかということだ。今の自分は、『ティパの村のキャラバン』という看板を背負っている。下手な行動をすれば、ティパの村の評判を落とすことになる。
 そして、イーリアスが手を顎から離した。考えた末に、イーリアスがとった行動は・・・・・・。

 チャドはマール峠にある鍛冶屋にいた。
 何か見たいものがあったわけではない。ただ、知り合いもいないし、特に目的もなかったチャドは、気がつくと鍛冶屋にいたのだ。チャドにとって知らない場所であるマール峠において、生まれ育った家と同じ音がする鍛冶屋は、落ち着ける唯一の場所だった。
 チャドがマール峠にきて驚いたのは武器と防具で鍛冶屋が分かれていたことだった。
 どうして分かれているのか。ム・ジカに聞けばわかるのかもしれないが、そのム・ジカは近くにいない。
「あの!」
 熱く熱された金属を打つ音が響く工房の中、チャドは声を張り上げた。
 チャドの声に、槌を振るっていたリルティが振り返る。
「あぁ?ティパのキャラバンにいたやつじゃねぇか。どうしたよ」
 振り返ったリルティは、マール峠に案内してくれたリルティのノディだった。
 ノディは、手に持っていた槌を置くと、立ち上がり、チャドの方へ歩み寄ってきた。
「なんか作りたいものでもあるのか?武器なら作ってやるぜ。武器以外なら俺はつくらねぇ。よそで作りな」
「あ、いや、何か用事があるってわけじゃないんだけど・・・・・・」
 チャドの言葉を聞いたノディは、首を傾げた。
「じゃあ、どうしてわざわざここに来たんだ?」
「・・・・・・行くところがなくて」
 ノディはチャドのことがを聞くと、鼻から息を吹き出し、チャドを見た。
「初めて外に出たんだろ?いろいろ見ればいい。キャラバンじゃなきゃ外に出れねぇんだ。ここに来られたのだって幸運だ。いろいろみて、村に帰って土産話をしなきゃなんねぇ。それは、ミルラの雫を集める以外の、キャラバンの重要な役目だぞ」
「・・・・・・。でも、オレは何を見ればいいかわからないんだ」
 確かに、チャドは村の外に出たかった。だが、いざ村の外に出てみると、何をすればいいかわからない。旅に出てからの短い間でも、ム・ジカは出会った数少ない人と話をして、情報交換をしているようだ。エリンは村の外に何かを求めている様子はない。クラヴァットとして、雫集めのために旅をしているように感じる。イーリアスは、村の外に出て積極的にいろいろなことを試している。時には他のキャラバンメンバーが驚くようなことや、想像もしないことをしている。
 しかし、チャドには他の三人のようにはできない。村に住む若者の歩む道として、当然のように外に憧れ、運良く外に出られただけだ。具体的にやりたいことなどない。
 戦いの面で戦力となる。これは父にも言ったことだ。しかし、村から出発して未だに一度しかダンジョンに入れていない。外に出れば、常に戦い続けるとおもっていたチャドにとって、これは大きな誤算だった。
 ノディは、チャドをしばらく見ていたが、やがて口を開いた。
「お前、リルティが一番多く集まっているクリスタルの場所をしっているか?」
「アルフィタリア城」
 ノディに聞かれた程度のことならば、聞かれるほどのことではない。この世界の常識と言ってもいい。
「それがどうかした?」
「いいや?ただ、お前もリルティで、生まれ育ったクリスタルの加護の外に出られるっていう幸運に恵まれたんだ。一度はアルフィタリア城に行っといたほうがいいぜ」
「アルフィタリア城か・・・・・・」
「ほら、さっさと行け。俺も忙しいんだよ。次は仕事を持ってきてくれよ」
 ノディはチャドに手を振りながら店の奥に引っ込んでいった。ノディの姿が見えなくなると、すぐに金属を土で打つ音が聞こえてくる。ティパの村の実家と同じ、一定間隔で響くその音にチャドはノディに言われたことを検討し始めた。


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